いいことの話
いいことをするといいことがある気がします。
テストの時は必ず消しゴムのカスを全て拾い、ゴミ箱に捨ててから退出することで点数が上がるのではないかと思っています。
まあ普段もしてるんですが。
いいこと意識的にするときって人に見られてないほうがご利益的なのありそう、みたいなのないですか?
なんか見せびらかすのもあざといし、感謝されるほどのことじゃないのに、みたいな。
だからあえて隠れてコソコソといいことをする、みたいな。
でもそうするとなんか悪いことしてるみたいじゃないですか?
ほんと泥棒の気分になるときあります。いいことしてるのにね。
そうだ、テストといえば最近経済学のテストを受けました。
レジュメにある「家産国家」という言葉について調べようと打ち込んだんですが
変換すると「鹿さん国家」と出てきました。
なんだ鹿さん国家って、平和か!?
鹿国家ならまだわかる
鹿さん国家🦌なんだもんね
「さん」をつけるわけだ。
萎えましてね、勉強する気を失いました。
勉強ってね、すごく大変だけど楽しいと思うのです。
中学生の頃、なんで勉強しないといけないのか、学校に行かないといけないのかわからなかった。
でも、「勉強ができること」が大切なんじゃなくて、「勉強することができること」が大切なのではないでしょうか。
勉強って学校の国数英理社を想像して体調を崩して早退して家で寝たらケロッとしてしまう、なんて人もいるかもしれませんが
それだけじゃなくて勉強することはもっと身の回りに溢れていて、常に勉強の繰り返しなわけです。
テストでいい点をとれる知識を得ることも大切ですが、いい点をとるためにどうするか、ちょっとツラいなぁと思うことにも耐え向き合うことができるか、が大切だと思います。
とはいえ、やはり知識というのはすごいものです。
最近ジャニーズファンの友人にキンプリは2つのグループが合体してできたグループだと聞いたとき、ちょっとした専門書を読んで知識を得たような達成感すらありましたから。
さて、夜はかなり寒くなってきましたが、高校時代に先見の明を「さきみのあかり」って読んだクラスメイトは元気にしてるでしょうか。